このブログは特許調査歴約20年の筆者が日ごろ特許調査について考えている事、特に世間で意識されてない、もしくは誤解されている事や他人とは異なる意見を少しずつ書き綴っていきます。
なお、ここでいう調査とは、市場調査(market research)等の用法、つまり現況の解析というよりは、通常の特許調査とか先行例調査とかの使い方で意味する「資料の探索」と定義しています。
twitterになれたせいかあまり長い文章は書けなくなってきているので気長に見守っていただければ幸いです。
このブログは特許調査歴約20年の筆者が日ごろ特許調査について考えている事、特に世間で意識されてない、もしくは誤解されている事や他人とは異なる意見を少しずつ書き綴っていきます。
なお、ここでいう調査とは、市場調査(market research)等の用法、つまり現況の解析というよりは、通常の特許調査とか先行例調査とかの使い方で意味する「資料の探索」と定義しています。
twitterになれたせいかあまり長い文章は書けなくなってきているので気長に見守っていただければ幸いです。
この記事は前回から続きます。
ところで皆様はクリスチャン・バッハの音楽をご存知でしょうか。実は著者もほとんど知りません。音楽史における知名度と比較すると作品自体聴かれる機会がとても少ないのです。そんな中で一部で認知度が高いのがヴィオラ協奏曲、ヴィオラのための古典派の作品がほとんどないためヴィオラ奏者にとっては貴重なレパートリーになっています。
しかしこの曲、ヴィオラ奏者で作曲家のアンリ・カサドシュ(1879-1947)がクリスチャン・バッハの原譜を基に再構成したという触れ込みで発表されたものの、実際にはクリスチャン・バッハの名前を語っただけの自作であり真っ赤な偽物ということがわかっています。音楽著作権確立の功労者の名前を語るとはなんたる不届き者!と言いたくもなりますがこの方、他の昔の作曲家の名前を詐称した作品もありますし、そもそも判決など露知らずだったと思います。またヴァイオリンの名手フリッツ・クライスラー(1875-1962)が自ら書いた昔風の作品に過去の作曲家の名前を拝借して発表していたことが良く知られているように、そういう時代だったと言うしかないでしょう。
ちなみにこのヴィオラ協奏曲、現在では贋作というインパクトが強くて滅多に演奏されなくなってしまいましたが…(1)
なおカサドシュ家も音楽家一族として知られており、中でも高名なのがアンリの甥で名ピアニストとして知られるロベール・カサドシュ(1899-1972)。彼の数多の音源は今でも普通に入手可能ですが、その中で一風変わったものがあります。
1920年代にモーリス・ラヴェル(1875-1937)のピアノ曲2曲をピアノロール(2)に収録しているのですが、実はこれ、当時はラヴェル本人が弾いたもの中にしれっと紛れ込ませて作曲家自作自演のピアノロールとして発表された、いわば「影武者」の演奏でした。
・・・なんだおまえもかよ!
もっともこれ、ピアノの腕に難があるとされたラヴェル本人から直々に代演を頼まれたものでもちろん両者合意の上、然るべきギャラも払われているとのことでまぁしょうがない事かと…やはりそういう時代だったんですね。
なお著者が所有しているWarnerから出たラヴェル作品全集のCDボックスにもこの音源は収録されています。演奏者にはちゃんとロベール・カサドシュの名前が記載されており、注釈として "originally credited as Maurice Ravel"と書かれています。興味のある方は聴いてみてはいかがでしょうか。
いずれにせよ、音楽史や時代背景を抜きにして音楽と著作権の関係を論じても上っ面な見解にしかならないという話でした。
註
(1) Amazonでは現在品切れであるが楽譜が流通していた(リンク)。表紙を見るとヨハン・クリスチャン・バッハ作曲、アンリ・カサドシュ再構成になっている。
(2) 自動ピアノで演奏を再現する用に紙ロールに鍵盤の動き等を記録したもの。
この記事は<知財系 もっと Advent Calendar 2023>に参加しています。
このblogでは以前、モーツァルト(1756-1791)は著作権がないから貧乏だったわけではないという一連の記事を連載しました(初回はここ)。その中でモーツァルトが存命中の1777年にイギリスで音楽が著作権の対象になるという判決があったという記事(連載のこの回)を書きました。ヨハン・ゼバスチャン・バッハ(1685-1850)の息子ヨハン・クリスチャン・バッハ(1735-1782)が原告になったこの訴訟では、当時の著作権法で保護対象と規定された"books and other writings"に音楽は該当すると判断されました(1)。そこでふと疑問が生じます。音楽は楽譜に書かれているし出版されている楽譜だってあるのになぜ「書かれたもの」著作物としての疑念がありえるの??この事を考えるには音楽史を振り返る必要があるでしょう。
バロック音楽の後期の巨匠バッハが亡くなったのが1750年、古典派の代表ともいえるモーツァルトが生まれたのが1756年、この18世紀半ばがバロック音楽から古典派へと推移していった節目と考えられています。そしてこのバロック音楽の「バロック」とは元来「いびつな真珠」という意味で、音楽様式としては壮麗で華美、悪く言えば仰々しさを伴います。複数の声部が複雑に絡み合い(ポリフォニック、対位法的)、音符が細かく飾り立てられる(装飾的)といった点のほかに、歌唱/演奏に自由度を伴う「即興性」といった特徴があげられます。
(引用元:http://piqua-1.la.coocan.jp/TELMSonata.pdf)
上はバッハと同時期の作曲家テレマン(1681-1767)による「メソーディッシュソナタ(2)」の楽譜の一部分です。この3段の楽譜の一番上が元々のヴァイオリンのパートで、2段目は上の楽譜を元に装飾をつけた演奏例として書かれています。実際の奏者は2段目の楽譜を参考にしながらも1段目の楽譜を基に即興で自分のやり方で装飾をつけて演奏します。この曲集は「お手本付き」として出版された例外的作品で、従って同時期の通常の作品では2段目が存在しない状態で書かれているのです!3段目は"Basso continuo"通奏低音と呼ばれるいわば「伴奏」です。通常はチェンバロが担当することが多いのですが(3)、この音符は左手で弾き、右手はこの音符と和声を示す数字を基にソロに合わせて和音を即興的に弾かなくてはなりません!! つまり旋律楽器と伴奏楽器のソナタと言っても、左手のベースラインと右手の即興のコード、ソロ楽器によるテーマと即興とまるでジャズのような構造になっているのです。つまりこの時代、これらの曲(4)では楽譜を元に自己を表現するのが音楽であって、楽譜はそのためのアウトラインもしくはレシピでしかないと見なされていた節があります。
それに対して古典派は均整と調和を理想美とした思想で、モーツァルトを思い浮かべればおわりでしょうが音楽的にも明瞭、簡潔、軽妙な響きが主となっています(ベートーヴェンはちょっと違いますが…)。バロックの時代のような重畳に飾り立てた旋律や音型は好まれず、大げさな装飾や即興性が疎んじられるようになりました。それ故に書かれた楽譜をそのまま平易に表現することが演奏の基本になっていったのです(5)。つまり古典派になって楽譜は「自己表現のための元ネタ」から「作品そのもの」へと変化し、書かれた音符をなるべくそのまま再現する演奏が求められるように音楽の有り様が変化していったと考えられます。
そして上に挙げた判例はちょうどバロック期が終わり古典派に変わった時期のものです。裁判の実際の中身はもちろんわかりませんが「楽譜は音楽にとってレシピに過ぎない」「いや楽譜こそ音楽の本質である」といった論争が行われていたのかもしれません。とるすとこの判決もバロックから古典派への時代の変容を示した一例と考えてもよいのではないでしょうか。
ところで原告のクリスチャン・バッハは父ゼバスチャンが50歳の時に生まれた末子ですが、年齢的には古典派の父と称されるハイドン(1732-1809)と近く、その音楽性も父の作風には似ても似つかぬもので、若き日のモーツァルトが心酔し影響を受けたというまさに古典派らしい軽快で明瞭な響きです。若いころはイタリアでオペラを発表し名声を得、その後はイギリスに渡り「市民向け」演奏会を開いて成功を収めるという生き方も父とは違う次の世代を感じさせます。そんなバロック最後の巨匠の息子にして古典派への幕開けとなった作曲家が音楽著作権の礎となったというのは、音楽史的観点からするとまさに象徴的な出来事だったのではと著者は思います。
この話はこちらでもう少し続きます。
註
(1) wikiの記事はここ。もちろんイギリスの判決がオーストリアに及ぶわけではないが…
(2) フランス語のMethode「メソード」は指導法、教則本などの意味で使われる。
(3) 左手のパートをチェロなどの低音楽器で補強する事も多い。その点もベースを用いるジャズとの類似性が高い。
(4) バロックでも宗教音楽では即興性は求められない。
(5) その代わりに古典派の協奏曲では、オーケストラが一休みしている間に独奏者が即興で妙技を披露するカデンツァが設けられるようになった。そしてロマン派以降ではカデンツァも作曲家が書く様に変貌した。
知財業界の中でも特許事務所(弁理士)にはコンフリクト、つまり競業避止義務が発生します。では調査会社、調査屋にはコンフリクトが発生するのでしょうか。
まず特許調査会社は、弁理士が顧客の代理人であるのとは異なり、あくまで第三者的立場から事実を見出してを報告するのが業務であるという点です。
依頼される時には無効資料調査とか侵害回避調査と言ってますが、調査会社としては「条件に合致する資料があるかないか/どれくらいあるか」を探り出し、どの資料にどんな内容が書いてあったかを報告する以外の事はしないしできないのです。例えば「この資料にはABCが書いてある」「この資料にはABDが書いてある」とは報告しても、それ故に特許ABCDを無効化できるかどうかはあずかり知らぬ~というスタンスです。つまり依頼主にとっての有利とか不利とかとはあくまで無縁な立場で「事実の提示」行っているのに過ぎないのです。
この件については、大昔に某会から「調査会社ごときが無効資料調査などとはけしからん」とイチャモンをつけられ、あくまで事実を見つけるのが仕事でその後はノータッチですという筋書きになったという噂を聞いたことがありますが真偽はわかりません。
以前、筆者のお得意さんが保有する特許をつぶしたいという別のお客様から依頼が来たこともありますが、それに対してもまったくフラットな立場で資料を探しました。僕がお得意さんのために手加減したところで、本当に無効資料が存在するなら誰か別の調査者がいずれ見つけ出すわけだから意味が無いのです。
別の時、ある無効資料調査でコンフリクトの話が出たのですが「対象特許の会社に知人の弁理士がいて呑みに行った事もある位の仲だけど、それが困るというのであれば残念ながら他をあたってください」と話したところ特に問題無しだったこともあります。
というわけで調査会社ができる仕事の範囲内ではコンフリクトは発生しないと考えてよいでしょう。そもそも調査会社は秘密保持の観点から、実施した調査の依頼元名も機密事項に当たる可能性があるため、顧客が許容しない限り依頼元の名前を明かすことができないのです。従ってコンフリクトが発生するかどうかを開示する事すら守秘義務違反の可能性がでてくるのです。
例外として、メーカー子会社の知財関連会社や特定企業のみ扱う下請け化した調査会社であれば、主要依頼元に対して別の顧客がコンフリクトになりうることはあるようです。ただしその場合は主要顧客名が明らかか、または自ら明かしている場合であり、依頼元名が機密情報に当たらないような条件下での話になります。
前記事で述べたとおり、秘密保持の観点から業務に関する事はなるべくしゃべらない方が良いでしょう。しかしながら全ての情報を秘匿にするわけにはいかず、何らかの情報を開示する必要が出てくることはあります。
筆者のように調査会社に所属する調査屋の場合、お客様から調査の経験を聞かれたり、宣伝のために実績をアピールしたりする事があります。本来ならばこんな案件やったあんな調査やったとか言いたいところですが、もちろん秘密保持の観点から実際にやった案件について語る事はできません。とはいえ何も言わないわけにはいかないので、「この分野」「こういう技術」くらいのレベルで実績を語るにとどめるべきとおもいます。調査種類についても微妙なところなので、分野を限定せず侵害調査、無効資料調査の経験があるくらいの言い方にしておくのがよいでしょう。なお筆者は「日経一面に載った訴訟に関連して資料を調べたことがある」くらいの言い方ならしています。
またこれも前記事で述べましたが、調査屋としては依頼人の名前を明かさないのが原則です。しかしここにも気をつけるべき点があります。
技術内容や調査内容、調査結果などは機密情報である事を認識しているので、普段からこれらの情報を外部に漏らさないという意識が働いています。しかしながら依頼元名については普段そこまで意識していないので、ちょっとした油断で名前を出してしまいがちです。社外の人に言う事はないでしょうが、職場の同僚との会話で、例えばオフィスビルの廊下やエレベータなど社外エリア、食事中や公共交通機関での移動中につい名前を出してしまう事がありがちです。常日頃から注意しなくてはなりません。
依頼元の名前を言わないだけではなく、依頼元が誰かわかるような情報も知られないようにする事が大事です。というのもSNSでいる場所の名前や近隣の写真をアップしただけで依頼元が容易に推察できることがあるからです。下丸子、向河原、安治川口といったピンポイントな地名、門真市や豊田市といった企業の代名詞の様な地名は特に要注意です。
なお筆者が所属する企業は、特許調査部門以外にデジタルコンテンツやセミナー/研修も扱っています。そのような部門においては顧客の名前自体が機密情報になる事はないため、特許調査部門以外の他部門のメンバーには「特許調査における」秘密保持を理解させる必要性が生じています。
以上、調査屋がどれだけ秘密保持に気を配っているか、ご理解いただければ幸いです。
業務上知り得た情報を外部に漏らしてはいけないという守秘義務は多くの職種で存在します。もちろん特許調査業務においても存在しますが、筆者のように外部の企業、団体、特許事務所から依頼を受けて特許調査を行う場合、調査結果を外部に漏らさない事以外にも気をつけなければならない事があります。そこで特許調査会社における秘密保持を考えるために、まず何が機密情報なのかを整理する必要があります。
例えば出願前調査や侵害調査の場合、依頼元(特許事務所なら更にその先の依頼主)が実施しようとする技術内容を提示してもらい、それを元に調査を行います。この時入手する技術情報は大抵の場合外に知られたくないわけで、つまりこれらが機密情報に該当するのは明白でしょう。
それに対してテーマ収集調査の場合、大抵は○○に関する資料を集めたいという形で依頼されるため、そこに機密情報となるような技術情報は存在していません。しかしながら依頼元にとっては○○を実施しようとしてる、または○○に関する技術に興味を持っているという事実自体をライバルに知られたくないという可能性があります。この場合は技術情報というより、依頼した調査テーマそのものが依頼元にとっての機密情報になりえます。
無効資料調査の場合、調査対象は実施の阻害となる特許であり内容は公報に記載されているものですから、秘匿すべき技術情報はありません。そして実際に警告や訴訟に至った段階では、相手が無効資料を探そうとすることも権利者の想定内でしょう。しかしまだ係争になっていない時点では、「××があの特許をつぶそうとしている」という事が表沙汰になって余計な揉め事になるのは望ましくなく、できれば無効資料調査は秘密裡に行いたいと考えるのが普通です。このような状況では無効資料調査を実施していること自体を秘密にしたいわけですから、「××が無効資料を探している」という事実自体が知られたくない情報であり、したがって調査種類や依頼元名そのものが機密情報になり得るのです。
なおレアケースでしょうが、依頼元によっては調査種類に関わらず特許調査を調査会社に外注していること自体を表に出したくないと考えているかもしれません。
以上、秘密保持の対象となる機密情報をまとめると以下となります。
・技術内容
・調査テーマ
・調査の種類
・依頼元の名前
通常思いつくような技術的な情報だけではなく、なんらかの調査をしているという事実そのものが機密情報に該当し得るという事を認識しておく必要があります。
もちろん案件によっては依頼元が秘匿する必要はないと見なしている情報もあるでしょうが、ミスを防ぐためこれらの情報は基本的に秘密保持の対象という前提で考えておくべきと思います。特に依頼元名が機密情報であることを意識していない人が特許調査会社の中でも見受けられるため、特に注意したほうがよいでしょう。
許調査を行っている最中に所望の資料が見つからず、やむなく調査範囲を広げるという事はよくあります。それでも見つからずに再度調査範囲を拡大する事になることもあります。ただし通常は所望の資料が存在する可能性が最も高い領域を検索式で策定して調査をしているわけですから、調査範囲を広げれば広げるほど見つかる可能性の低い領域を調査する事になり、やればやるほど「労多くして功少なし」となります。従ってある程度調査範囲を広げた時点で「これ以上調査しても見つかる可能性は乏しい」と判断して調査を終了させる必要があります。じゃあどこまで調べたら調査を辞めてよいのか、なかなか決断できないのが心情です。そこで特許調査の辞め時について考えてみます。
特許調査の辞め時がわからないという時は、調査範囲が往々にして図1のような状況になっていると考えられます。
図1
所望の資料が見つかる可能性の高そうな一番最初の検索式による範囲であるstep 1から検索キーを追加して調査範囲を加え、step 2, step 3…と調査を進めています。しかしこのような方法ではどうしても「虫食い」的な調査になり、隙間の部分に探し残しがあるのではという不安が生じてしまい、ここで調査を辞めるという決断が付きにくくなります。「所定の領域に資料が有るか無いかを見極める」という調査の元々の意味における「領域」が不明確になっているのです。
それに対して調査範囲を理想的に広げている状態を示すのが図2です。
図2
最も可能性が高いstep 1で見つからなかったら、step 1を包括するような形で調査範囲を広げる検索式を用いてstep 2を調査し、その後step 3, step 4…と調査を進めています。このやり方であれば「探し残し」の心配なく見つける可能性の高い方から低い方へと探す領域を拡大させることができます。たとえ資料が見つからなかったとしても、どこかの時点でコストパフォーマンスを見極めて調査を終了させればよく、辞め時の判断が容易になります。
この図2の様な領域の拡大は、例えば検索式における一連の分類群、キーワード群に分類やキーワード等を追加するというやり方に対応します。とはいえこれはいわば部分的拡大というもので、今まで調査していなかった領域にまで視野を広げる、というような範囲の拡大にはなかなかなりません。
実際の調査では検索キーの追加だけではなく、視野を広げるような調査範囲の拡大が必要なケースもあります。そこで実際の検索式に沿った形での調査の広げ方について、単純な例を図3で示してみます。
図3
ある技術分野において特定の構成要素や特徴を示す資料を対象とするため、「分類」×「キーワード1」×「キーワード2」のような検索式を立てたとします。この場合の調査範囲は①になります。ここで所望の資料が検出されなかったとして、次に「キーワード2」が無い資料であっても調査対象に広げるとします。この場合次の範囲が②になります。それでも検出されない場合は「キーワード1」が含まれない③を、更に検出されない場合はどちらのキーワードも含まれない④を調査対象に広げる事になります。
ここで片方、もしくは双方のキーワードが無い資料を調査範囲に含めてもしょうがないと判断したのならば、調査を③まで、または②までとして調査終了すればよいのです。
繰り返しになりますが、調査に必要な事は「探すべき領域」を明確にする事であり、そこがしっかりできていれば調査範囲の拡大の限度、つまり調査の辞め時に迷う事も少なくなるでしょう。
この記事は<知財系 Advent Calendar 2022>に参加しています。昨年のエントリーは「素材の耐えられない重さ」、一昨年のエントリーは「ミのための実用新案」です。
学校の授業でリコーダーを吹いた時に低い音が出ない、出しにくいと感じた事がある人は多いと思います。リコーダーの低音は全ての孔をきっちりふさがないと音が鳴らず、またそぉっと吹かないと音がひっくり返ってしまいます。この点はフルートも同じで、低音を出そうと思ったらキーをしっかりふさいで静かに息を吹き込む必要があります。しかもそうやって音が鳴ったとしても大きな音量を出すことは依然困難なのです。
(https://www.ito-ongaku.com/page-141727/ より引用)
上は現代のベーム式フルートの足部管(リコーダーなら一番下の部分に相当)の図です。一般的に使われているC足部管(1)の場合、一番低い音はピアノの真ん中のドの音で、ド・ド♯/レ♭・レ・レ♯/ミ♭の4つの半音を足部管の3つのキー(管の左端下半分側)で、しかも右手の小指だけで操作して吹き分けます。つまりひっくり返らないように静かに息を吹き込み、他のキーから息がもれないように他の指をしっかり押さえた状態で小指を動かして低音を鳴らすという、多方面に神経をとがらせて演奏する事が求められます。しかも通常より半音低いシの音が出せるH足部管の場合、一つ多い4つのキーを小指だけで操作しなくてはなりません。なのでこんな楽譜がきたらフルート奏者は発狂しそうになりながら小指を酷使するしかないのです(オーケストラの曲なので吹いた事はないですが)…
実は右手小指が楽に動かせるキーメカニズムは既に存在していて、一部メーカーではオプション注文で購入可能です。しかしながらそのシステムでも操作性が劇的に向上するわけでもなく、高いお金を払ってまで装備するメリットがあまりないというのが実情の様です。そもそもフルートの低音部をピロピロと駆使する曲自体がそれほど多くないですし… というわけで今回はその足部管に関する特許の話(というか、特許にかこつけた話^^;)です。
昨年の Advent Calendar へのエントリー記事を書くため、プラチナ製フルートの特許があるかどうか1930年前後の欧米の特許公報をスクリーニングしていた時、とあるフランスの公報(2)が目に入りました。もちろんフランス語を読む事はできませんが、図2を見れば足部管のキーメカニズムに関する発明であることは明確、それよりも気になったのは図1の楽譜です。演奏容易化した音形パターンではなく実際の曲を譜例として載せるなんて流石は芸術の国フランスだな~いやまてよ、このパッセージ俺は知ってるかも~そうだこれサン=サーンスのロマンスだよ!~ 明細書の中には確かに"Saint-Saëns""Romance"の文字があります。
フランスの作曲家カミーユ・サン=サーンス(Camille Saint-Saëns, 1835.10.9-1921.12.16)の魅力の一つと言えるのが旋律の美しさ。クラシック音楽に興味がない人でも「白鳥」(「動物の謝肉祭」の中の1曲)を知ってる人は多いでしょう。クラシックファンなら例えばオルガンシンフォニーとして知られる交響曲第3番の中間部緩徐楽章を思い浮かぶかもしれません。ゆったりとした、でもオペラアリアのようなけれん味とは違う穏やかで清廉なメロディは聴く人の心を打ちます。そんな彼がフルートのために書いた(3)のがこのロマンス作品37です。5分程の単一楽章の小品で、途中の小さなカデンツァを除くとフルートらしい綺麗でたおやかなメロディに終始します。そしてこの曲のコーダ(終結部)に入る直前、最後のメロディが終わるまさに最後のフレーズがあの図1の楽譜なのです。一通り吹き切って演奏が終わろうとする直前にトラップの如く現れ、全神経を集中してミ♭ドミ♭レ♭の音型(4)を右手小指一本で、まさに胃の痛くなるような思いで吹かなくてはなりません。このパッセージを上手く吹けるようにと考えた発明者の気持ちもよくわかります。
この曲、例によって(またかよ^^;)筆者も大学のサークルの発表会で演奏しました。でもこのパッセージを(もちろん普通のフルートで)ちゃんと吹けたかは最早記憶に残ってません。覚えているのは、普段変な曲ばかり吹いてる筆者がこういう「普通の」きれいな曲を選んだのを周囲に訝しがられた事と、本番でピアノ伴奏者が普段より遅いテンポで弾き始め、ただでさえゆったりしたメロディがさらに引き延ばされて息も絶え絶えになってしまった事でしょうか…
というわけで101年前の今日12月16日に生涯の幕を閉じた作曲家を偲び、3年にわたって知財系 Advent Carenderに投稿したこの素人笛吹きの回想の記事の連載を終わろうと思います。
註
(1) Cはドイツ音名でド、Hはシである。
(2) FR701046A Espacenetの固定リンクはここ。
(3) 元々は管弦楽伴奏だが、ピアノ伴奏版で演奏される事が多い。
(4) 楽譜最後のシ♭は誤植と思われる(実際は休符)。
前2回の記事で出願人名調査における注意点や方法を書きました。名称変更や組織変更など会社が変わってもこのようなやり方によって出願人名検索の漏れをカバーする事ができますが、これらのやり方でも限界があり、どうしても検索できないケースがあります。その一つの例が組織の一部譲渡です。
A社のX部門をB社に譲渡したというケースを考えてみます。A社時代に出願した案件でも継続中や権利存続中の特許は出願人/権利者の変更手続きを行い名義がBに変更されるので、Bで検索すればヒットします。しかしながらX部門譲渡時点で権利が消滅した案件に対してはそのような手続きは行われない、というより行えないためBで検索してもヒットしません。つまり同じA社のX部門の特許でもBでヒットする/しないものがでてくることになります。だからといって検索にAを加えると、旧X部門以外の特許がヒットするためノイズばかりになります。
前記事で言及したDBの名寄せですが、これはあくまで「出願人」単位での紐づけで例えば会社同士の合併などでは有効です。しかしながらDBでは通常出願を「部署」別に区別して収録しているわけではないので、X部門のみをB社に名寄せする事はできません。
実際のところ、会社の中のどの部門の発明なのかは発明者や発明者住所等から想像するしかありません。発明者検索は可能ですが該当者をもれなく抽出するのは難しいでしょう。また発明者住所で検索できるツールがあっても、会社の代表住所で出願されていたら判別不能です。
なおA社の旧X部門をAの名前を用いて検索する方法がないわけではありません。X部門をA社がB社へ譲渡し、A社が旧X部門でやってきた分野を事業から無くした場合、「出願人名=A」の母集団に該当する特許分類を用いた積集合をとる事によってA社が旧X部門で出願した特許を検索で抽出する事が可能です。しかしながらこの方法もあくまで特許分類を援用して識別しているのであって、部門名を認識しているわけではありません。また特許分類では区別できない事もあります。例えば医薬メーカーが新規化合物医薬に事業を集約し、大衆薬部門を別会社に譲渡したという場合、同じ医薬ですから特許分類では分ける事は困難です。
というわけで出願人名検索において、[A社旧X部門を含む]B社を検索だけで抽出する事は、偶然上手くいく場合もあるでしょうが一般的には困難だと言えます。もちろんB社が「保有する」特許を抽出する事なら通常の検索で可能ですが、それでは(旧)X部門を含めた研究開発の推移をたどることができないのです。
通常の内容を基に検索する特許調査について何回か記事にしてきましたが、出願人名検索でも同様に、検索式自体は所望の集合に範囲を確定させるものではなく、所望の集合「を含む」範囲を限定するものだと考えられます。検索式だけで思い通りの集合にするのは無理なのです。もし出願人名検索がその出願人の「大まかな」出願傾向を知る事であれば、検索式のみによる抽出でも必要な精度は確保できるかもしれません。それに対して「漏れが無い」事が求められるであれば、検索式を駆使して集合を最適化しようと考えるよりも、ある程度広めの条件で検索して目視でノイズを落とすしかないと思います。
前回書いた様に出願人名検索は一筋縄ではいかないため、単なる名称入力を補助する方法やツール上の機能があります。
日本の特許では申請人識別番号があります。同一の出願人に対して一つの番号が対応し、出願人の名称等が変更されても番号は継承します。これを使えば名称変更による検索漏れを防ぐことができます。例えば「申請人識別番号=000005821」と入力すれば「松下電器産業」→「パナソニック」→「パナソニックホールディングス」と会社名が変わっても一つの集合としてヒットします。
なお気をつけないといけないのは同じ会社であっても異なる番号があるケースです。単なる間違いで複数の番号が与えられる事もありますが、より複雑なのは同じ会社と見なされないケースです。例えばパナソニックIPマネジメント(314012076)の様な知財管理会社、旭化成(000000033)のカンパニー制に基づく内部事業会社(例えば旭化成エレクトロニクス:303046277)、これらは会社としては違うので識別番号は別です。
検索ツールの機能として、商用データベースでは独自に出願人名の名寄せを行うものもあります。これはデータベースの内部に辞書を有して、ある出願人名が入力されると同じと見なしうる異なる出願人名も同時に検索しています。ツールによっては旧社名だけではなく関連会社も同時に検索する機能を持つものもあります。これらの機能を用いれば出願人検索を簡便に行う事ができます。
(註)名寄せとして自動的に検索はしなくても、内部辞書を閲覧可能にして検索入力時の補助として用いるツールもあります。
ただしこの名寄せ、当然ながら人力による紐づけであり、信頼性はツールベンダーの作業精度に因ります。また名寄せはあくまで「名前」同士の紐づけであり出願人名をまとめているものです。当然ながら会社の実態や特許の実際の中身を見て会社の関連性を判定しているわけではありません。ツールが同一性/関連性を保証するわけではない、という点を踏まえて使う事が大事です。
このように補助的な機能があったとしても万全ではなく、出願人名検索を行う時には細心の注意が必要なのです。実際に出願人名検索を行う場合には以下の様な作業が必要でしょう。
・会社HP、特に沿革を見て過去にどのような出願人名がありうるかをチェックする。
・思いつく限りの出願人名、申請人識別番号を用いて検索し、検索に使ってない別の名前/番号がないかクロスチェックする。
・名寄せ機能を用いて検索し、ヒットから出願人名の漏れやノイズを確認する。
このように十分な予備検索を行った後に、必須かつ無駄の少ない検索式を確定した上で検索を実行して初めて「ちゃんと出願人名検索をした」と言えるのではないでしょうか。もちろんこれでも100%保障できるわけではないのは通常の特許調査と同様ですが。
最近のコメント