ご挨拶

このブログは特許調査歴約20年の筆者が日ごろ特許調査について考えている事、特に世間で意識されてない、もしくは誤解されている事や他人とは異なる意見を少しずつ書き綴っていきます。

なお、ここでいう調査とは、市場調査(market research)等の用法、つまり現況の解析というよりは、通常の特許調査とか先行例調査とかの使い方で意味する「資料の探索」と定義しています。

twitterになれたせいかあまり長い文章は書けなくなってきているので気長に見守っていただければ幸いです。

2026年1月 7日 (水)

IPC目次【2026年更新】

IPCについて2026年の改訂がありましたので、国際特許分類(IPC)の2026年時点におけるメインクラス/サブクラスを目次形式(PDF)で列記しました。
今回、最後まで残っていたH01Lの残余がH10PとH10Wに移行され、ついにH01Lが無くなりました。多いときは全出願の一割近くを占めていた巨大分類が~と思うと感慨深いのですが、サブクラスからメインクラスH10へ格上げされたということなのでしょう。

メインクラス

サブクラス

ご参考までに。

2026年1月 5日 (月)

分類不明特許【2025年まで】

昨年も投稿しましたが、2025年終了時点における分類不明特許のリストを更新しました。興味のある方は以下をお使いください。EXCELファイルが上手くDLできない可能性があるので、csvおよびpdf形式にしました。黄色が昨年変更があった部分です。
なお2024年までに発行された出願のうちの6件が請求項の減縮によって登録され分類が付与されたため、その分の件数が減少しています。

csv形式

pdf形式

 

 

2025年12月21日 (日)

オリジナルの楽譜 ~過去投稿から続く

前々回前回 と続けて今年の 知財系 Advent Calendar に向けた投稿をしました。書かれている楽譜が必ずしも作曲家の真意を示しているわけではなく、オリジナル性は常に演奏家が考慮する必要があるという内容です。書いているうちに、実は2021年の知財系 Advent Calendarに投稿した記事でも、楽譜のオリジナル性の問題がかかわってくる曲を話題にしていたことに気が付きました。

4年前のAdvent Calendar向けに投稿した この記事 で、エドガー・ヴァレーズ(1883-1965)の無伴奏フルートのための「密度21.5」を取り上げました。フルートソロのためのそれほど多くないレパートリーの中では比較的良く演奏される曲なのですが、最近になって世間に流布している楽譜がオリジナルと違うということが指摘されてます。(リンク先の楽譜に記載されています。)
この楽譜によると、とある一か所の音がシ#ではなくシ♮になっています。ということは、今までのほとんどの演奏は作曲家の真意から外れた演奏をしていたことになるのです!たった一つの音ではありますが、一本のフルートで奏でる、つまり他の音がない曲なのでその違いには気が付きます。

しかし作曲家はどうして直そうとしなかったのですかねぇ… 昔書いた作品のことはスパっと忘れて次を目指すタイプだったのでしょうか。それとも出版譜とか自分があずかり知らない演奏にまで興味を持たない人だったかもしれません。真相は不明です。

しかもそれだけではありません。実はこの曲、1936年に初演された10年後の1946年に改訂されこちらの方が世に知られており~というより初演時の原典版がどのようなものか全く知られていませんでした。というのも初演者が演奏した後、楽譜を保管したままになっており表に出ることがなかったのです。それが2年前に初演稿による演奏が行われましたが、どうも日本初演どころか1936年に初演された後は一度も演奏されてない可能性があるとのことです。筆者はこの演奏会(1)を聴きに行きましたが、現行版と印象がかなり違うのに驚きました。

以前の記事でも書いたように、現在知られている改訂版は変わった音や極端な強弱のニュアンス等、即物的とも言える響きの曲でした。しかしこの初演稿は、改訂版における即物的な響きはあまり多くなく、どちらかというと抒情的な響きすら感じられる作品になっていました。確かにメロディやモチーフは改訂版と酷似しているのですが、部分的に手直ししたというよりもはや別の作品に書き改めたかの様に思えるほどだったのです。これは結構な衝撃でした。この演奏会によって、初演の時点では現在知られているような曲が演奏されていたわけではない、という事実が明らかになっただけでも作品の演奏や理解のためには大切な情報になったと思います(2)。

というわけで今まで知られてきた「密度21.5」の楽譜は
・楽譜に間違いがあり、作曲家の真意とは異なっていた。
・初演稿と改訂版に相違があり、初演時に演奏されていたものではない。
という意味でオリジナル性が留保されるということが最近判明したのです。もちろん楽譜の訂正によって改定時の真意に近づいたことは確かですが、初演時点の真意ではないというのも事実なのです。しかしできてまだ100年と経っていない最近(?)の曲でもこういうことが起こるのですねぇ…

この訂正や改訂の音楽的な「意味」については、クロード・ドビュッシー(1862-1918)が同じく無伴奏フルートのために書いた「シランクス」に言及しないといけないのですが、そこまでくると知財とはほとんど関係ない趣味の世界になってしまいますので、詳しく知りたい方は著者に直接聞いてください。悪しからず。

(1) 2023年10月5日 シンフォニエッタ静岡定期演奏会 オールヴァレーズプログラム(三鷹市芸術文化センター風のホール)
(2)この曲の中で使われている、キーを叩いて音を出す等の当時新しいとされる技法が、1936年時点なら他になかったが1946年頃には世間で知られていたのでは?という意味で作品の意味付けが変わる可能性が出ているそうである。

2025年12月20日 (土)

その楽譜は本当にオリジナル?

この記事は 前回 から続きます。

楽譜そのものが真意から外れているというケース、前回の記事に書いた以外にもいろいろあります。作曲家本人の書き間違えであれば仕方がないところはありますが、なぜか楽譜が「変わってしまう」ことも起きえます。

4 後で書き換えた
作曲家も人の子、できた曲を後日書き直すことは普通にあります。これが「作ってはみたものの、上手くいってない箇所があったので手直しした」という決定稿であれば特に構わないでしょう。しかし実際には「初演がウケなかったので聴衆に寄せた」「演奏しにくいので簡略化した」「権力者に睨まれてやむなく…」等、本人が望んでいない理由で改訂するケースも少なくありません。もちろん初稿であれ改訂版であれ作曲家の意図である事は間違いないのですが、作曲家の「真の意図」が何かを考えなくてはいけません。楽譜を選択する時には、いつののどういう版なのかに留意する事が必要です。聴いている音源がどのバージョンの楽譜を使っているかが重要になることも良くあります。

5 楽譜が間違い
通常は作曲家本人が書いた楽譜(自筆譜)を演奏にそのまま使うようなことはしません。楽譜屋が印刷用に組み直した上で印刷し、それが世間に流通して演奏に用いられます。つまり印刷譜には第三者の手が加わるわけで、この時点で間違いが発生することは多いです。特にベートーヴェン(1770-1827)やシューベルト(1797-1828)のような悪筆(!)の作曲家ではかなり問題になります。またオーケストラのような多人数の合奏では、全部のパートが書かれたスコア譜から、各パート毎に分けたパート譜に書き換える必要がありますが、この時に間違いが発生することも良くあります。(最近の作曲家が楽譜ソフトを使う理由も良くわかりますねw) 印刷譜であっても間違いがあるかもしれないという意識はあった方が良いです。

6 勝手に書き換えられた
作曲家本人が手直ししたならともかく、他人が書き換える事もあります。あからさまな間違いを出版時に訂正してくれるならありがたいことですが、間違いではなく他人の趣味で勝手に変更されているようなケースも存在します。例えばチャイコフスキー(1840-1893)のチェロと管弦楽のための「ロココの主題による変奏曲」は初演者が勝手に書き換えて演奏し、あろうことかその書き換えた状態でそのまま出版されるという状況で、作曲家のオリジナルな楽譜が復元されたのはなんと20世紀後半の事です。今では様々な作曲家の作品で、他人の手による改変を取り除くという意味の「原典版」が出版されて使われる事も多くなってます。往年の名録音を聴くと「楽譜と違う!?」なんてことが起こるので要注意です。

このように楽譜が常に作曲家の真意を表しているとは限らないので、楽譜通りに演奏することイコール作曲家の意図を忠実に再現することにはならないのです。作曲家の真意をくみ取った演奏を行うには
・作曲家とその時代における記譜法、楽器、奏法等を知る
・オリジナルになるべく近い楽譜を探す
これらのことが重要なのです。

特に最近はweb上で著作権フリーの楽譜がダウンロードできるようになっていますが、中には昔ながらの~つまりはオリジナルという観点からは「正しくない」楽譜も多く含まれています。なるべく信頼のおける楽譜を選び出すことも大切だと思います。

2025年12月19日 (金)

その楽譜の真意はどこに?

この記事は 知財系 Advent Calendar 2025 に参加しています。

著作権法第20条は「同一性保持権」を規定した以下の条文になっています。

第二十条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

これは著作者の意図しない改変を認めない権利がある事を意味しています。なおこれは著作者人格権の一つであり、著作者本人のみが有する権利です。著作者が亡くなれば消滅しますし、著作者以外の人がとやかく言える筋合いのものではありません。(ただし著作権者が有する翻案権(第27条)というものは存在します。)
しかし最近でも、例えばマンガ原作を捻じ曲げた実写ドラマ化が世間から非難されるというような事例は度々起きています。「作品のオリジナル性を大切にする」、つまり著作者の意図を尊重し、改変する場合でも作品の元の形から逸脱しないべきであるという意識はかなり定着しているものと思われます。

音楽の中でもクラシック音楽は「再現芸術」と言われることもあります。作曲家が作り出した作品を楽譜の形で表現し、演奏家は楽譜を基に正しく演奏することで作品を作曲家の意図に忠実に再現し、その上で演奏家の個性を発揮するのです。その点では即興性が重要視されるジャズなどは違います。また伝統音楽のように「継承」のための楽譜は、いわゆる自己の表現とは異なります。クラシック音楽では「作品のオリジナル性を大切にする」事を重要視しており、それゆえに「楽譜通り」演奏する事が強く求められているのです。
とはいえ楽譜通り演奏すれば作曲家の意図した通りの音楽を再現できるのか?といえばもちろんそんなことはありません。そもそも現在の五線譜という楽譜のシステムが作曲家の意図を忠実に再現できるほど完璧ではないという理由は確かにあります。ただそれ以上に、今存在している楽譜が作曲家の真意を表していないという問題があるのです。いってみれば楽譜が「正しくない」という事を考える必要があるという話です。

楽譜に書いてある音が作曲家の真意と違う、オリジナル性を損なっているという状況にも以下の様にいろいろな理由があります。

1 楽譜はたたき台
2年前の 知財系 もっと Advent Calendar 2023 に投稿したこの記事の通り、バロック時代には装飾や即興が尊ばれ、楽譜は実際に演奏する時の元ネタのような位置づけでした。なのでこの時代の作品では楽譜に書いてある音「だけ」を忠実に表現しても、音楽がスカスカでなんの面白味もない演奏になりがちです。作曲家の意図を再現するためにはあえて楽譜に書いていない事も表現する必要すらあるのです。

2 そこまで細かくない
これも1同様に投稿していますが、バロック期が終わり古典派の時代になると装飾や即興がすたれて楽譜通りに演奏する事が普通になりました。しかし演奏における自由度が無くなったわけではありません。スラーやスタッカートといった表情記号、クレッシェンドやディミヌエンドといった音量記号は楽譜に全て書き込まれてはおらず、適切と思う演奏方法を演奏者が自ら選定する必要があります。また当時の楽譜では前と同じ場面が出てきたときは記号を省略するというケースも多く、楽譜に書いてある音符「だけ」を演奏しても正しい表現にはなりません。演奏家は作曲された当時の音楽様式に則って楽譜を正しく「補正」する知識や能力が求められます。
なお1や2の時代の曲については、後世の奏者が演奏できるように装飾や演奏記号を付け加えたり手直しした「校訂版」というものが流布しています。ただこれもあくまで校訂者による「一つの解釈」であって、作曲家の意図を完全に再現したものではない事は覚えておく必要があります。(というか使えない楽譜も多い…)

3 楽器が違う
ピアノの原型ができたのが18世紀初頭で現在同様のメカニズムが採用されたのは19世紀半ば、金管楽器の音を変えるピストンの発明は19世紀初め、と楽器は時代とともに変化してきました。当たり前ながら作曲家は当時の楽器を想定して作品を作っているのであり、現代の楽器のことは知る由もありません。なので昔の曲を今の楽器で演奏すると違和感を感じることもあります。場合によってはあえて楽譜を変えて演奏する必要すら出てくることもあります。
今ではピリオド楽器・ピリオド奏法といって当時の楽器や奏法を復元して演奏されることもあります。もちろん現代の楽器で演奏することが間違いとは言えませんが、少なくとも「楽器が違う」という意味において作曲家の意図とは異なる部分があるという意識は持っておかなくてはなりません。

以上は楽譜からどう真意を読み取るかという話ですが、実は楽譜そのものが真意から外れているということもあります。長くなりましたので 次の記事 に続きます。

2025年7月22日 (火)

仮想セミナー「特許調査の頼み方・頼まれ方」 予告編

☆この記事は 知財系ライトニングトーク #27 拡張オンライン版 2025 夏 に参加しています。

特許調査を他者(他部署、他社)に依頼したり、他者の案件に関する特許調査を依頼されるケースでは、自分で調査をするときには考え付かないような意外な問題点が出てきます。しかしながらこのような「他者への依頼」という観点で特許調査のセミナーが行われることはあまりありません。そこで「特許調査の頼み方・頼まれ方」という題目でセミナーを行う事を考えており(*)、この仮想セミナーの予告編的なものをまとめてみました。こういう話を聴いてみたい、または話させてみたいとお思いの方は筆者までご一報ください。

---------以下その文章---------

自分が担当する案件で調査の必要性が発生し、自分自身で特許調査を行うのではなく他の人(知財部、調査部門、特許事務所、調査会社等)に調査をしてもらうべく外注依頼することがありますが、この時に結果が思わしくないと感じたことはないでしょうか。もちろん調査の質が低かったと場合もあるでしょうが、調査はちゃんとやってくれてそうなのだが探してほしいことを思ったように調べてくれてない、というケースもあると思います。

この原因は調査を依頼する側が探してほしい資料と調査担当者が探している資料にずれがあるからに他ならないのですが、ではなぜこのようなずれが起きてしまうのでしょうか。それは依頼元のニーズと特許調査でできることの間に根本的な乖離があるからです。

調査を依頼する側は「この技術を実施してもよいか」「この特許を無効化することができるか」とか知りたいのであり、言わば調査をやりたくて調査を頼んでいるわけではありません。答えが欲しくて調査という手段をとっているのにすぎないのです。

これに対して特許調査ができることとは端的に言って「○○が書いてある資料を探しだす」ことです。技術を実施してもよいか、特許を無効化することができるかを直接調べて判断するわけではなありません。どういう資料がその目的に合致するのかを理解した上で「○○が書いてある資料」を探しだし、検出できたかどうかで実施可能か、無効化できるかを「判断」しているのです。

つまりここに「知りたいこと」と「探すことができるもの」の乖離があるため、依頼元が欲しい資料を調査者が探していないという事態が起きうるわけです。

そこでこのセミナーではまず特許調査とは何か、何ができるのかを本質から問いただします。そして依頼元が特許調査で何を求めるのかを整理し、調査作業とニーズの間の隙間をどうやってうめればよいのか、ニーズの種類に応じて説明していく予定です。
今回のセミナーを通じて特許調査を根本的に見つめなおすことで、頼もうとしている人や頼まれる人にとってだけではなく自分で調査を行おうとする人にとっても役に立つようになれば幸いです。

(*)実はずいぶん前にレジメ的な文章を当blogのこの記事にupしています。

2025年7月 1日 (火)

生成できても探しだせない (生成AIと知財業界)

この記事はドクガク氏が企画する 弁理士の日記念ブログ企画 2025 への参加エントリー、なんか5年ぶりになってました…… なお今年のテーマは「生成AIと知財業界」です。

これまでもこのblogに書いてきましたが、特許調査の原点は所望の記載がある資料の検出という「事実を見出す」ことであり、その点では新しいものを生成する生成AIにできることとはかけ離れています。以前、生成AIで書かれたであろうと思われる論文に列挙された引用文献が、実は表題や誌名すら存在しない論文を捏造したものであったという事件がありましたが、生成AIにとって特許調査はもっともやるべきでない作業といえなくもありません。
それに対して、多数の公報を読み込んで特定の技術分野の出願がどのように推移してきたかをまとめ挙げるというような作業であれば、これは生成AIにとってもっとも得意とする作業ではあるでしょう。ただしこれは特許調査を行った後の「分析」に該当する部分であり、「探す」という部分つまり調査自体を生成AIがやっている訳ではないのです。

それでも調査はできないとしても生成AIで調査のための検索式を作ることは可能かもしれません。しかしながらそのためには数多くの検索式を教師データとして集める必要がありますが、そもそも検索式は特許公報というオープンなデータと異なりあまり他社には知られたくないクローズドな情報です。自社で用いた過去の検索式を用いるならともかく、検索ツールベンダーが検索式データを収集して生成AIでの理容に供するのは道義上もしくは契約上問題があります。

では公報データを元に検索式を生成する~ということは所望の資料を複数見つけ出した上で当該資料を含む母集団を形成する検索式を生成しているわけで、そもそも検索式を作る以前に生成じゃないAIでスクリーニングすればいいじゃん!という話になってしまいます。もしそうじゃないのであれば、調査テーマの文章を元にそれらしい分類やキーワードを集めてくる程度の作業であり、やはり「生成」AIの強みはなさそうです。

そうすると、そもそも論としてAIは所望の資料を探し出すことができるのか?という話になります。AIが資料を探し出すためには、まず資料が所望するものかどうか判断する能力が必要となります。でもAIはあくまで文章の該当性、類似性を元に関連度をランク付けしているのに過ぎません。所望のテーマとほぼ同一な記載がある資料が存在するのであれば、それを抽出するのはAIのほうが得意でしょう。しかしながらその資料が対象特許の特許性に影響を及ぼすか、実施技術を権利範囲に含むのかということをAIが判定できるわけではありません。ということはAIによる調査は「類似資料の大まかな収集」であって、特許性や権利性における該当資料の摘出には至らないということです。
たとえAIが全ての特許情報を瞬時に目を通すことができるとしても、特許性なり権利性を判断するという最も大事な部分がおぼつかないのであれば、どんなに多数の資料を査読してもよい結果を生み出すことはできません。ましてや該当する資料が「存在しない」という回答をAIが出すことは困難でしょう。
生成AIによる検索式作成も童謡に大まかなグルーピングにはなっても、特許性や権利性に関する該当資料の母集団とはなり得ないとおもいます。

以上考えますと、AIを用いて特許調査を行うとしても、出願前調査や動向調査のように「それらしいやつを集める」ことが主眼であれば人間より効率的でしょうが、無効資料調査や侵害性調査を高い精度で行うのは原理的に困難でしょう。生成AIについても、生成した検索式に自分が思いつかなかった分類やキーワードがでてきたらそれを確認して追加する…それくらいの使い方しか思いつきません。

(生成)AIに限らず、機械の方が得意なことと機械にはできないことを把握し、人間だけができることに集約するのだ大事なのだと思います。AIが特許調査という「ゴミ箱あさり」をできるようになる日はかなり遠いのではないかと…

2025年4月20日 (日)

仮想セミナー「技術者に特許調査をやってもらうには」 予告編

☆この記事は 知財系ライトニングトーク #27 拡張オンライン版 2025 春 に参加しています。

調査専従者や知財担当者ではないが調査を行おうとする現場の技術者に向けて、というよりは技術者に特許調査をやってもらうべく指導したいと考えている知財担当者向けに特許調査指導法に特化したセミナーを行う事を考えています。そこでこの仮想セミナーの予告編的なものをまとめてみました。こういう話を聴いてみたい、または話させてみたいとお思いの方は筆者までご一報ください。

---------以下その文章---------

現場の技術者、中でも特に発明創出に携わる研究者/発明者にとって既存技術を知ることは大切であり、自ら特許調査を行うスキルを有することは有意義だと考えられています。しかしながら普段から特許調査を行う調査専従者や知財担当者とは立場が異なり、大抵の技術者は「なぜ自分がやらないといけないのか?」と思いがちです。彼らの言い訳としては…

「調査をするメリットが自分にあるの?」
    ~技術者自身が調査をやる意義や目的をわかってもらえていない…
「時間がない」
    ~確かにその通りですスミマセンm(_ _)m
「ちょうどよいやり方がわからない」
    ~教えてもらったくらいですぐできるわけないですよね…
「自分がやって意味があるの?」
    ~素人が調査したところで役に立たないと思いがちです。

こんな技術者の「心の叫び」を考えれば、特許調査をやれと言われてもやる気が出ないというのもよくわかります。

もちろん技術者向けに特許調査を指導する講義・セミナーはいろいろと存在しますが、データベースの使い方や簡単な検索式の立て方に終始しているのもが大半です。つまり彼らの悩みに踏み込んで講義をしているわけではなく、悩みを解決しないままではモチベーションが向上しないのが現実でしょう。

さらに言えば、一般のセミナーで「簡単な調査」と言ってもそれは特許調査を教える専門家にとっての「簡単な」調査であって、普段調査を行っていない技術者にとってはそこにたどり着くまでが難しい、ということが理解されてない事が多いです。

そこでこのセミナーでは最初に現場の技術者の立ち位置をふまえて、彼らに許された短い時間で「何ができるのか」「どれだけできるのか」、技術者が調査をやって「メリットがあるのか」「効果があるのか」という視点から考え方を整理します。そしてこれらの前提を元に技術者がどんな調査をどの程度行えばよいのか、それをどのように指導すればよいのかを説明していきます。今回は特に発明者自身が特許調査を行う意義ややり方、および発明者に調査を実施してもらうための教え方等が中心になる予定です。そのため特許調査を始める最初の段階では通常の講義と違って「あえて検索/調査しない」というやり方でも意義があるという話にもなると思います。

このようなステップを踏むことで、単に「調査は簡単ですよ」と指導する通常の講義よりも現場の技術者達に特許調査をやる気にさせることができるのでは、と考えています。

2025年1月26日 (日)

仮想セミナー「FTO調査の特殊性とその対応」 予告編

☆この記事は 知財系ライトニングトーク #27 拡張オンライン版 2025 冬 に参加しています。

特許調査の中でもFTO調査(Freedom to Operate調査、他にクリアランス/侵害調査と呼ぶ事もあり)に特化したセミナーを行う事を考えています。そこでこの仮想セミナーの予告編的なものをまとめてみました。こういう話を聴いてみたい、または話させてみたいとお思いの方は筆者までご一報ください。

---------以下その文章---------

製品やサービスを製造/販売する際に他社の特許権を侵害していないか確認するためにFTO調査を行う事がありますが、このFTO調査はテーマ探索調査や無効資料調査といった他の特許調査とは異なる面があり、これらの調査と同じ様なやり方が通じない事が往々にしてあります。

第一に、通常の調査では所望の記載がある資料を「見つけ出す」事が目的になりますが、FTO調査は資料が「見つからないと」示すことが目的であるという点です。技術の実施にあたっては障害となる特許が無い事が望ましいのですが、そのような特許が存在しないことを証明するのは「悪魔の証明」であってほとんど不可能です。かといって調査で資料を見つからなかったというだけでは、本当に存在しないのか、それとも調査が不十分で見つけるに至っていないだけなのかは判別できません。見つけ出すのではなく、こういう特許が存在しないと推定できる、という答えを出すための調査を行う必要があります。これがFTO調査の特性の一つ目です。

そして特異性の二つ目、それは「実施する内容」=「探そうとする対象」ではないという点です。実際の製品であればいろいろな部品や素材を組み合わせて作られていますが、それらの具体的な名称が特許の請求の範囲の中で記載されているわけではありません。実施する技術を特許調査の対象とするには、通常出願されている様な書式、つまり抽象的な概念として書き下す必要があります。普段から明細書を作成している人であれば容易でしょうが、知財業務に携わっていない人には難しく、時として仕様書や設計図といった実際の技術資料を基にFTO調査を設定しなくてはならないという事例もあり、困難を伴います。

しかも実施技術を概念化したとしてもそれがそのまま探そうとする対象になるわけではありません。例えば「A・B・C・Dを備えたX」を実施する際に探すべき資料はこれだけにとどまりません。例えば「A・B・Cを備えたX」 「B・Dを備えたX」といった権利が成立している可能性もあり、このような場合は調査対象を「A・B・C・Dを備えたX」と限定的に設定すると必要な資料を検出することができなくなります。概念化したからといって実施する内容そのものを探せば良いわけではないのです。

この「資料が無い事を示す」「技術そのものを探すのではない」という特異点を踏まえず、ただ単に実施技術と似たような資料を探す様なやり方でFTO調査を行うと、思っていたような結果が得られないとか、そもそもどのように調査を行えば良いかわからないという事態に陥りがちです。

そこで今回のセミナーではこれらのFTO調査の特異性を踏まえた上で、FTO調査を効果的に行うために考えておくべき点を説明します。まず、そもそも調査とはなにか、特許調査とはなにかを原理から再認識し、FTO調査としては何が出来るかを考えます。その上でどのようにして調査対象を見い出すか、その調査対象に対してどのように調査方法を設定してゆけば良いのかをいろいろな技術分野やケースに応じて紹介します。単なる検索式の策定方法のみにかぎらず、FTO調査実施の際の具体的な方向性を示してゆきたいと思います。

2025年1月18日 (土)

分類不明特許【2024年まで】

分類できない特許に関する記事を書いた時に2023年までの当該案件のデータをupしましたが、昨年終了時点でのデータに更新しました。興味のある方はこちらをお使いください。

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