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2018年7月

2018年7月29日 (日)

理想的な検索

前回の記事で、無いことを見極めるためになるべく小さい領域を設定すると書きましたが、実際にはどうしたらよいのでしょうか。ここで現実の調査で考える前にまず理想的な検索で考えてみます。なお「理想的」とは素晴しいとか上手と言う意味ではなく「理想気体の状態方程式」とか「質点系力学」のような仮想的な条件という意味になります。

例えばある概念を記述する時に「必ず」使わなくてはならない用語が存在するとすると、そのような資料には必ずその用語が使われています。従ってキーワード検索でその用語を用いて検索すれば所望の概念が記載された資料が検索ヒットの中に必ず存在します。この場合、所定の用語による検索で所定の概念の資料がヒットする確率は100%になります。同様にある概念範囲を示す資料に「必ず」付与される分類があれば、所定の分類による検索で所定の概念の資料がヒットする確率も100%になります。

そしてある概念に対して所定の用語および所定の分類が共に必須な場合というのは、ある用語による検索ヒットおよび分類による検索ヒットがいずれも存在確率100%であり、双方の検索ヒットをand演算した集合も所定の概念の資料がヒットする確率も100%になります。
これを言い換えると、全体の集合の中で所望の資料が必ず含まれている任意の数の小集合同士の積集合には所望の資料が必ず含まれる、ということになります。

つまり理想的な検索とは、分類であれ用語であれ存在確率100%の集合(単一の検索式)を複数作成し、それらの積演算を取ることで存在確率100%の集合を全件調査可能な程度に極力小さくすることと言えます。

もちろんこれはかなり「理想的」な状態で現実にはこんなに上手くはいきません。しかしこのような状態になるべく近づける事が「無い事を見極める」ための良い検索式と考えています。

なおこの話は調査対象となる全体集合が確定できる場合に限ります。例えば日本における権利性の調査であれば対象となる範囲は国内特許のみ、つまり国内特許資料検索だけで十分になります。その他の調査ではそうはいきませんが「とりあえず国内特許分は調査した」という部分的な完備性と考えておくのがいいでしょう。

2018年7月24日 (火)

存在しないことの証明

目的となる資料が存在しない、もしくはないであろうと目星をつけるためにはどんなことをすればいいのでしょうか。

無い事を証明するのは「悪魔の証明」であって不可能と書いたのですが、実はこれは調査する対象が無限の場合であって、対象が有限の場合は不可能ではなく調査対象「全て」をチェックすれば不存在を証明できます。例えば侵害回避調査であれば実施する国における権利期間内の全ての特許(実案、意匠)公報を査読して、問題がない事を確認すれば侵害する可能性が無いと断言できます。とはいえ日本であれば約2千万件の公報を見ることが必須…つまり理論的には可能だが現実的には不可能となります。これが無効資料調査だったら世界中の、特許に限らず全ての文献が対象になりますから、侵害回避調査よりさらに「全て」をチェックすることは不可能でしょう。

それでは無い事を見極める作業というのは完全に無理なことなのでしょうか?例えば青色LEDやハイブリッド自動車の特許を無効化したい時に、世界中の全ての文献が対象だからといって源氏物語や資本論を読む必要があるとはとても考えられません。もし無効化可能な資料が存在したとして、調査対象からこれらの資料を除外した場合に検出できる確率は理論上100%から減少しますが、実際にはほとんど100%と考えて問題はないはずです。そうすると目的となる資料が存在しないと考えられる集合を排除して存在するであろう領域を可能な限り減縮してゆけば、その領域内の全ての資料をチェックする事によって「実質的に100%」チェックしたという事が可能になります。

まとめると目的となる資料が無いと見極めるには、対象資料が存在する可能性があると考えられる(なるべく最小限の)領域中の資料をすべて確認すればよい、ということになります。そしてこの特定の領域の確認という方法こそが、この以前のエントリーで書いた、調査とは特定の場所を探すことであってその領域をどう設定するかが重要という話につながるのです。

また目的となる資料を効果的に「探し出す」やり方だけではあるかないかを見極める事が困難であるという事もわかっていただけたのではと思います。

2018年7月18日 (水)

誰が特許調査をするのか

特許調査の必要性は理解できても、実際に調査をする人がいなければ調査を行うことはできません。知財担当にせよ現場(研究者/技術者)にせよ、誰が調査を「行った方が良い」「行うべき」かという点が議論になることはあります。では誰なら十分可能なのか?という点から考察されることはあまりなさそうです。よって今回は特許調査に習熟するための時間と言う観点から考えてみます。

筆者の様な特許調査専門職については、大昔は「調査屋は100万件めくって一人前」とか言われました。これは公報をまとめた冊子体を「手めくり」で調査していた頃の話ですが、現時点でも100万件くらいスクリーニングすると「独り立ちした」調査屋になれると思います。スクリーニング素速度が100件/1時間、一日5時間作業するとして8~10年程度が修業期間でしょうか。

もっともこれは特許調査専門職は、多様な分野のいろいろな種類の調査に対応するスキルが求められているからこれだけ長い期間かかるわけで、極めて限定された技術分野に対する特定の種類の調査だけをやるのであればそこまで時間はかかりません。例えば特許庁の審査に必要な先行資料調査を行う登録調査機関であれば、最初の1,2か月の研修が終わった時点で「一人前」と見なされて業務を行います。もちろん最初から習熟した調査ができるわけではないですが、スキル習得まで数か月、だいたい数百時間といったところでしょうか。

では企業知財部員ではどうでしょうか。スキル習得まで数か月といっても就業時間の全てを特許調査に充てるわけにはいきません。多種多様な知財関連業務に追われている状況下では、特許調査に割く時間はせいぜい数パーセントと考えられます。そうなると調査業務を数百時間行うのにも数年はかかるのではないでしょうか。

でもこれは逆の言い方をすると、知財部員として数年経験したら特定の技術分野の特定の調査ができる程度に習熟することが望まれる、という事にもなります。例えば、担当する部門の出願前調査は自分で十分こなすが、技術分野がはずれた案件や無効調査・侵害調査等の突発的な調査は社内外の調査専門職にアウトソーシングする、くらいが在籍数年の知財部員に求められる調査スキルと思います。

そして現場の研究者や技術者は、特許調査はおろか知財業務に割く時間が少ないので、知財部員以上に習熟まで時間がかかります…といっても知財部員ですら数年かかるわけだから、現場担当者が特許調査に習熟する頃にはもう退職!なんてことになりかねません。身もふたもない言い方ですが「現場にちゃんとした調査を期待するのは無理」と考えた方が良いと思います。現場担当者は例えばweb検索程度の簡易検索や概念検索を行って公報に慣れ親しみ特許の意識を高める位を目指し、調査スキルの習得までは無理に求めなくてよいのでは~というのが筆者の個人的な感覚です。

2018年7月 8日 (日)

数字で考える 出願前調査

特許出願の前に先行例を調査する方が良いという事は現在ではほぼ常識のように言われています。では出願前の調査がどれくらい役に立つのか?という点にについては「無駄な出願を排除できる」という観点でのみ語られていて、定量的な議論はあまりされていません。そこで出願前調査の有用性を数値で考えてみます。

一定期間内に100件の特許出願を行い、半分が特許として成立するという企業を例にとります。ここで出願から登録までにかかる費用(特許庁および特許事務所に払う金額、登録後の年金は考えない)を平均で50万円とすると全件で5000万円が必要になります。しかし特許になるのはその内の50件しかないのですから、出願経費を2500万まで圧縮できるのが理想的です。

ここで出願前調査を実施した時の経費を計算してみます。もし発明1件につき3万円分の調査を行うと50%の確率で出願回避のための有用な先行資料を検出できると仮定します。この場合、拒絶されるであろう50件の50%つまり25件において先行資料が検出され出願から除外する事ができるので、出願件数は100-25=75件になります。従って出願および調査の費用は
100件×@3万円+75件×@50万円=4050万円
つまり950万円の削減になります。では出願前調査が「6万円で80%の確率」だとどう変化するでしょうか。50件の80%つまり40件を除外することができるので出願件数は60件、費用は
100件×@6万円+60件×@50万円=3600万円
つまり1400万円の削減です。

この試算を見る限り、たとえ精度50%なんて程度の低い調査であっても思ったよりは高い効果があってやらないよりましに思えます。調査料の節約と言う観点からツールを用いた概念検索で上位ヒットをチェックする、なんてやり方もある程度の合理性があるのかもしれません。また調査精度を上げればそれなりに数字は上昇しますが、それほど劇的な変化にはなっていないような気がします。経費増加を伴う調査精度の向上はほどほどにしておくのがいいのでしょう。

もちろん結果は当初に仮定した種々の数値の変動によって上下します。また全出願に対する審査請求の割合というファクターが入っていないため、現状との乖離は否めません。ここで算出した数値が一般解とは言えませんが、おおまかな傾向はつかめるのではないでしょうか。またより実情に近い数値を算出するために、それぞれのより実測値に近い数値を代入してみるのもいいかもしれません。

なお出願前調査の「3万円で50%の確率」「6万円で80%の確率」というのは、世間一般で行われる調査に対する筆者の個人的な感覚です。自分自身は5~6万でもうちょっと高確率を目指しているのですが…

2018年7月 3日 (火)

ライヴァル話のオマケ

前回の弁理士の日記念企画投稿の続き、というかオマケです。

特許調査におけるライヴァルと言われると、AIという最近はやりの議論を思い出す人も多いと思います。でも調査屋にとってAIはライヴァルなのでしょうか?

確かに「○○は××である」と書いてある資料を抽出せよという命題に対しては、AIの方がはるかに効率的かつ大量に文書を処理する事ができるので人間は全く太刀打ちできないでしょう。でも○○は××であると「解釈し得る」資料が欲しいというのが命題だったら、AIがちゃんと文章を解釈して適切な資料を抽出するという確証が持てないのではないでしょうか。ましてや昨今よく依頼されるような「今度販売する化粧料の成分表を渡すから、特許的に大丈夫か確認して」というような侵害調査をAIが自動的に処理できるようになるとは思えません。

特許の仕事では必ず「解釈」の問題が発生します。しかしAIは人間がやるようなファジーな解釈をすることはできず、用語や文章の類似度の高低による評価/判断になります。特許明細書が自然言語で記載されている以上、権利性や特許性の解釈の問題になった時に、AIに全面的な信頼を置くわけにはいかないと思うのです。

とはいえAIによって調査手法が大きく変わることは間違いありません。ではAIによって調査屋の位置づけはどうなるでしょうか?

昔は侵害調査を綿密に実施しようとしたら公報分類別冊子体を20年分全て手めくりするしかなく、スクリーニング件数は数万になる事はザラでした。それが機械検索の発達によって生死情報やキーワードによる抽出が可能になり、現在では数千件オーダーで侵害調査ができるようになりました。将来的にはAIを用いて数百件レベルになる可能性はあると思いますが、それでも最終的に人間が判断しなくてはならない事は間違いないでしょう。

確かに件数の減少によってわざわざ外注しないで済むという事態が調査屋的には危惧されます。しかしその頃には調査屋に求められるスキルが現在の検索式作成能力から例えば「化粧料の成分表」をAIに落とし込む能力へと変わっていくわけであって、専門職としての調査屋がAIによって不要になるわけではないでしょう。調査屋も時代に適応しないと取り残される、つまりAIがライヴァルというよりAIというツールをどう使うかという話なのではないでしょうか。

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