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2019年8月 5日 (月)

その2 18世紀の音楽界と著作権

ところでモーツァルトの時代、音楽作品に著作権はあったのでしょうか? 実は「知財の正義」(R.P.マージェス著)にもはっきり記載されています(第7章255頁)。18世紀イギリスの裁判[Bach v. Longman et al., 2 Cowper 623(1777)]において著作権法上の文言「本およびその他の著述(writings)」に楽曲は該当するとの判断がなされました。ただしこの本には一つ大きな間違いがあります。それはこの裁判の原告のバッハが大バッハ(ヨハン・ゼバスチャン)の二男カール・フィリップ・エマニエルではなく、末っ子のヨハン・クリスチャンだという事です。参照元がwikipedia英語版なので信憑性はどうなの?という懸念はありますが、エマニエルがほぼドイツ国内で活動していたのに対して、クリスチャンはイギリスで自主公演を行い興業的に大成功した「ロンドンのバッハ」とも呼ばれる人物ですからこちらの方が正解でしょう。ちなみに被告のロングマンは出版業者で今でもロングマン英英辞典にその名前が残ってます。

著作権裁判で勝訴したクリスチャン・バッハですが、実はその後人気が衰え借金が膨らみ、窮乏状態で亡くなりました。やはり著作権があっても作曲家の懐が保障されるという時代ではなかったようです。

といって当時の作曲家がみんな貧しい老後を送っていたわけではありません。例えばモーツァルトの先輩であるハイドンの場合、宮廷楽長を務める間にヨーロッパ中の名声を得て、その後旧職場との良好な関係を保ちつつフリーランスの道へすすみ、イギリスを中心に大活躍して生涯を終えています。彼にはモーツァルトにはない「堅実さ」がありました。または少し後の時代ですがロッシーニのように大ヒットオペラを連発して30代で引退、その後は国からの年金で死ぬまでグルメ三昧な生活という人もいます(これが年金じゃなくて著作権料なら「金持ちロッシーニ」と言えたのに…)。

このように主に18世紀までは音楽作品における著作権がちゃんと機能するような状況ではなく、作曲家は著作権などとは無縁に自らの稼ぎ口と人生設計を考えるのは当然の事でした。逆に現代の様に莫大な著作権料を受け取ったが故に身持ちを崩し失敗する~という例は最近でもTKなど枚挙にいとまがないです。たとえモーツァルトが著作権料で巨万の富を得ていたとしても結局は道を踏み外して困窮してた…という想像の方が実態に近いのではと思いますがどうでしょうか?

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