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2020年6月12日 (金)

分類ばなし3 変わる分類

分類対象を適切に分類できない場合、次に考えられるのは「適切な分類がない」というケースです。どんなものでも例外的な存在というのはあるのでこれは仕方ありません。その時は分類を変えることになります。

生物分類の例で言えば、新しく見つけた生物が既存の種に該当しない時には新たな種として認識され、新たな種が既存のどの分類群にもそぐわない場合は新たな分類群が創設されることになります。また既存の分類群であっても、より適切な特徴点を見出す事によって群が更に細かく分けられたり複数の群が一つにまとめられたり、または群の組み換えといった分類の変更は生物分類でも良く行われます。ただし分類変更といっても細分化や統合や組換といった詳細部分の変更のみならず、分類方法や目的といった本質的な在り様が変わることがあるので注意が必要です。

例えば脊椎動物の「魚類」「哺乳類」という分類群には仕分るべき特徴点がいくつもあり、極めて明確な分類になっています。それゆえサメとシャチの生態や形状や構造は類似しているが、それぞれ別の種類であるということが生物学の素人であっても容易に理解できるのです。しかしながら分子生物学の発展に伴い遺伝子解析による分類という手法が出てきました。その結果、進化の過程においてある時期に魚類の共通祖先と哺乳類の共通祖先が分かれて、その後それぞれの分類が細かく分化していったのではなく、下図のように共通祖先から順にヤツメウナギ類、軟骨魚類、条鰭類(マグロなど普通の魚)…と別れて哺乳類(というより両生類から哺乳類まで)の共通祖先が残ったという事がわかってきました。

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※http://ichthysinfo.web.fc2.com/ichthys/definition.html より転載
つまり進化的な近さで言えばシーラカンスはマグロよりヒトに近い生物である!…となるとサメとシャチが違う種類というならマグロとシーラカンスも当然違う種類で然るべきでそもそも魚類という分類があやふやである(註)という事になります。

現在の生物分類の基礎となるリンネの分類法はもとはと言えば「神の創造した全ての生き物を秩序として体系づける」思想から生まれたものでした。それが進化論の確立とともに「進化の結果として分化していった生物を体系づける」ものに変容し、現在では「進化の過程を示す」ための分類に変貌してきました。進化の歴史を導き出すために遺伝子解析が用いられた、というより分子進化学という裏付けができたことによって「進化の過程を示す」という分類思想が生まれてきたという側面もあるのではないかと思います。

つまり生物とはなにかという根本的な見方によって分類思想が変わり、分類手法が変わることによって生物の根本的な見方が変わる、というように相互に影響しあっているのです。ここまで考えると以前書いた「分類とは哲学である」というのがまさに至言であるといえるでしょう。

なお最近の研究では、遺伝子は親から子へ「のみ」受け継がれるものではなく種を超えて遺伝子が伝わる事が知られていて、種によっては数パーセントレベルの遺伝子が他種から受け継いだものであることが判明しています。つまり遺伝子がその種の進化の経緯を明確化し固有性を確立させるものではなく、そもそも種という概念自体が不明瞭な物になりつつあるそうです。生物分類も全部の生物を包括するようなマクロな分類と特定の生物群内のミクロな分類で使い分けざるを得ないような時代になるのかもしれません。この話についてはデイヴィッド・クォメン著「生命の〈系統樹〉はからみあう」に詳しく記載されているので興味のある方はご覧ください。

(註)単一の祖先から分化した系統全体を単系統群と呼ぶのに対して、魚類のように一部の系統が除かれた系統は「側系統群」と呼ばれる。このような側系統群を単一の分類群と見なすのはふさわしくなく、分類名として排除すべきという考え方が現在では主流になっている。

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